輸出企業のカーツにとって、円高は最悪の外部要因です。
昭和60年(1985年)のプラザ合意によって、日本の輸出企業は初めての円高に直面しました。
爾来、幾度もの超円高に見舞われ、とりわけ平成23年(2011年)には1ドル=75円32銭の最高値をつけました。
日本経済の失われた30年は、まさに円高の歴史でした。
製造業の大半は海外生産へのシフトによって円高を回避しました。
現地市場を睨んだ海外生産は確かに効果的でしょうが、
安直な海外生産シフトによって多くの製造業が自社技術だけでなく、自社のアイデンティティーまでも失ってしまいました。
そんな企業に限って、円安になった途端に「やっぱり Made in Japan」とか「日本回帰」、節操がなさすぎます。
カーツはひたすら Made in Japan を貫いてきました。経営が窮境に陥り、無能な経営者よばわりもされました。
それでも Made in Japan を貫きました。それがカーツの経営理念だからです。それ以上の理由はありません。
円高に勝てる製品を日本で作る。それが日本のメーカーの誇り、カーツの誇りであると銘じています。